行き先を決めたとたん、その土地の話が急に周りから集まってくる。そんな経験はありませんか。
ご縁ですね、と言ってしまえばそれまでなのですが、仏教にはこれをきちんと説明する言葉があります。縁起(えんぎ)です。
今日は縁起の話をしていきます。日常で使う「縁起がいい」とは、実は少し意味がちがうんですぞ。
縁起とは?ものごとは条件がそろって現れる
縁起は、仏教の考え方の土台にあたる部分です。ものごとはそれ単独で存在しているのではなく、いくつもの条件がそろったときにはじめて現れる。そういう見方をします。
たとえば、いま目の前にある一杯のお茶。茶葉があって、水があって、湯を沸かす道具があって、茶葉を育てた人と運んだ人がいて、それを淹れる時間があった。どれか一つが欠けても、この一杯は現れません。
お茶という決まったものが最初からどこかにあるわけではなくて、条件が集まったところに、お茶と呼ばれる状態が現れている。縁起というのは、そういう話です。
人も同じです。今日の自分は、これまで会った人、育った場所、読んだ本、うまくいかなかった出来事、その全部が集まって現れている形なんですね。
「縁起がいい」の縁起とは、少し違います
日常で使う「縁起がいい」「縁起をかつぐ」は、吉凶の前ぶれという意味で使われますね。もとは同じ言葉なのですが、日本で意味が広がって、今のような使われ方になりました。
仏教でいう縁起のほうには、良いも悪いもありません。条件がそろえば現れる、そろわなければ現れない。それだけの説明です。
ここを分けておくと、この先の話が入りやすくなります。
此れ有れば彼有り|お釈迦さまの言い方
経典には、こう説かれています。
此れ有れば彼有り、此れ生ずるが故に彼生ず。此れ無ければ彼無く、此れ滅するが故に彼滅す。
むずかしそうに見えますが、言っていることは単純です。これがあるから、あれがある。これが無くなれば、あれも無くなる。
僕たちは、悩みが出てくると、その悩みそのものをどうにかしようとします。縁起の見方だと、目を向ける先が少し変わります。その悩みを支えている条件のほうです。
十二縁起|苦しみが立ち上がる順番
苦しみがどうやって立ち上がるのかを、十二の段階でたどったものがあります。
- 無明(むみょう)|分かっていないこと
- 行(ぎょう)|そこから起こる動き
- 識(しき)|ものを分けて見る心
- 名色(みょうしき)|心とかたち
- 六処(ろくしょ)|目や耳などの入り口
- 触(そく)|外のものとの接触
- 受(じゅ)|快い、不快いという感じ
- 愛(あい)|もっと欲しいという渇き
- 取(しゅ)|つかんで離さないこと
- 有(う)|そうして出来上がる在り方
- 生(しょう)|生まれること
- 老死(ろうし)|老いと死、そこにともなう苦しみ
前のものが条件になって、次が生まれるという並びです。全部を覚える必要はありません。大事なのは、いちばん最初が無明、つまり分かっていないことだという点です。
これは三毒の癡と同じ話ですね。分かっていないことに気づけないまま進んでいくから、そのあとが少しずつ苦しくなっていく。
因果応報との違い
似ているようで、見ている向きが違います。
因果応報は、時間の流れの話です。まいた種が、時間差で芽を出す。縦の線ですね。
縁起は、今この瞬間の横のつながりの話です。目の前の一つのことが、どれだけの条件に支えられて成り立っているか。横のつながりのほうです。
どちらかが正しいというより、同じものを縦から見るか、横から見るかの違いです。
占いと縁起|相性や運は、その人の中にあるわけではない
占いでは、相性やタイミングを見ます。ここも縁起の話とつながっています。
相性というのは、その人ひとりが持っている性質ではありません。組み合わせたときに現れるものです。同じ人でも、相手が変われば出方が変わります。強く出る人もいれば、そばにいるとやわらぐ人もいる。
運も同じです。その人の中に、良い運と悪い運が固定で入っているわけではありません。時期と、場所と、まわりにいる人。その組み合わせのところに現れます。
ですから鑑定でも、あなたはこういう人ですね、で終わらせないようにしています。今そろっている条件はどれで、そのうち動かせるものはどれか。そこまで見ないと、明日から使えないんですね。
縁起で見ると、悩みの形が変わります
うまくいかないことが続くと、原因を一つに決めたくなります。自分の性格がよくないから。あの人のせいだ。時期が悪かった。
縁起の見方だと、そこは条件の集まりとして見ます。性格も、相手も、時期も、そのうちの一つです。一つの原因がすべてを決めているのではなくて、いくつも重なって、今の形になっている。
これは、責任をあいまいにする話ではありません。むしろ逆で、手のつけどころが増えます。
全部は変えられなくても、条件のうち一つか二つなら、自分で動かせることがあります。そこが変われば、現れてくる形も変わっていきます。
縁を感じたときにやるといい3つのこと
1. まず口に出す
縁は、黙っていると見えないままです。
相手の側にあったつながりは、こちらが口に出さないかぎり出てきません。どこへ行くのか、何をやろうとしているのか。話しておくだけで、向こうから線がつながってきます。
2. 受け取ったら、早めに返す
つながりは、往復すると太くなります。
してもらったことに気づいたら、その日のうちにお礼を返すくらいでちょうどいいです。時間が空くほど、返しにくくなっていきます。
3. 縁そのものより、条件を整える
いい縁がほしいと願うより、いい縁が現れやすい条件を置いておくほうが早いです。
予定に少し余白を残しておく。体調を整えておく。行く場所を一つ増やす。条件がそろったところにしか、縁は現れませんから。
やらないほうがいいこと
一つは、全部を「縁があったから」で片づけてしまうことです。
縁は条件の一つであって、決めたのは自分です。そこを渡してしまうと、次に選ぶときの手がかりが残りません。
もう一つは、良い縁と悪い縁に急いで分けることです。
今の時点では、まだ分かりません。あとから見るとありがたかった縁も、その逆もあります。判断は少し寝かせておいていいと思います。
チクさんの実体験
つい最近、尾道での出張鑑定に行くことが決まりました。
そのことを人に話していたら、おかしなことが続いたんです。
親戚と話していたら、その土地の出身だという。友人に話したら、ちょうど最近そこへ行ってきたところだという。
こちらは行き先を伝えただけです。それなのに、話した先から次々とつながりが出てきました。
ずいぶん縁を感じたのですが、よく考えてみると、順番が逆なんですね。
親戚がその土地の出身なのは、僕が出張を決めるずっと前からのことです。友人がそこへ行ったのも、僕の予定とは関係なく決まっていたことです。
つながりは、もともとあった。ただ、こちらが動いて、口に出すまで、見えていなかっただけなんです。
縁起というのは、こういうことなのだと思いました。新しく生まれたのではなくて、条件がそろったところで現れた。
もし出張の話を誰にもしていなかったら、親戚がその土地の人だということも、僕は知らないままだったはずです。
縁を引き寄せた、という言い方もできます。でも僕の感覚としては、もともとあった線が、動いたことで見えるようになった。そちらのほうが近いです。
まとめ
縁起は、ものごとは条件がそろったときに現れる、という見方です。日常で使う「縁起がいい」とは意味が違って、良いも悪いもありません。
因果応報が時間の縦の線なら、縁起は今この瞬間の横のつながりです。悩みも、原因を一つに決めるより、条件の集まりとして見たほうが、手のつけどころが増えます。
そして縁を感じたときは、口に出す、早めに返す、条件を整える。この三つですぞ。
つながりは、たいてい前からそこにあります。動いたときに、見えるようになるだけなんですね。
一緒に開運をめざしていきましょう!
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