「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込んでしまう日と、「言いたいことを飲み込んで終わった」という日。どちらも、なんとなく疲れが残りますよね。
仏教には中道(ちゅうどう)という言葉があります。どちらの極端にも寄りかからない、まんなかの道のこと。これ、占いの現場で運気を見ていても、本当に当てはまるんです。

今日は中道の話をしていきますぞ。がんばりすぎる人にも、我慢しすぎる人にも読んでほしい回です。
中道とは?どちらにも偏らないという教え
中道は、お釈迦さまが最初の説法で語ったと伝えられている教えです。
快楽に溺れる生き方でもなく、体をいじめ抜く生き方でもない。その両方から離れたところに、本当に見えてくるものがあるという考え方ですね。
言葉にすると当たり前に聞こえるかもしれません。でも実際に自分の生活に当てはめてみると、ほとんどの人がどちらかに傾いています。
お釈迦さまも、はじめは極端だった
お釈迦さまは出家したあと、6年間ものあいだ厳しい苦行をしていました。食事をほとんど取らず、体は骨と皮だけになったと伝えられています。
それでも、求めていた答えは出なかった。そこで苦行をやめ、村の娘から乳粥を受け取って体力を戻し、あらためて座り直したところで悟りにいたった、とされています。
つまり中道は、頭で考えた理屈ではなく、極端を全部やり尽くした人が最後にたどりついた答えなんですね。
悟りそのものについては悟りとは「自分という実体が無いと気づくこと」で書いているので、あわせて読んでみてください。
琴の弦のたとえ|ソーナという弟子の話
中道を説明するときによく出てくるのが、ソーナというお弟子さんの話です。
ソーナは裕福な家に生まれ、琴の名手でもありました。出家してからは人一倍きびしく修行をしたのですが、どれだけやっても結果が出ない。もう自分には無理だ、やめて家に帰ろうかと思いつめます。
そこでお釈迦さまが、こう尋ねたと伝えられています。
琴の弦を、きつく張りすぎたら良い音は出るだろうか。ゆるく張りすぎたらどうだろうか。
ソーナは琴の名手ですから、答えはすぐに分かります。きつすぎても、ゆるすぎても、良い音は出ない。ちょうどいい張り具合のときだけ、きれいに鳴る。
修行も同じだよ、というのがこの話の落としどころです。張りすぎず、ゆるめすぎず。これが中道のイメージとして、いちばん分かりやすいんじゃないかなと思います。
中道は「妥協」とは違う
ここ、けっこう誤解されやすいところです。
中道は「どっちつかずでいこう」とか「そこそこでやめておこう」という話ではありません。
妥協は、本当はやりたいのに、あきらめて手前で止まること。中道は、いちばん力が出るところを自分で探して、そこに合わせることです。向いている方向がまるで違うんですね。
琴の弦だって、ゆるめることが目的じゃない。良い音を出すのが目的で、そのためにちょうどいい張り具合を探しているだけです。
頑張りすぎる人に起きること
鑑定をしていると、頑張りすぎている人の運気には共通のクセがあります。
- 休む時間まで予定で埋めてしまう
- 成果が出ないのは自分の努力が足りないからだと考える
- 人に頼るのが下手で、全部ひとりで抱える
- 体調のサインを後回しにする
この状態が続くと、どれだけ動いても手応えが返ってこない時期に入りやすくなります。エネルギーは出ているのに、空回りしている感じですね。
心当たりがある方は頑張っているのに報われない人の特徴 5選も読んでみてください。中道とかなり近いことを書いています。
我慢しすぎる人に起きること
反対に、我慢が習慣になっている人にもクセがあります。
- 自分の希望を聞かれても、すぐに答えられない
- 誰かが困りそうだと思うと、先に自分の予定を引っ込める
- 不満が出るのは自分がわがままだからだと思っている
- 気づいたら、他人の都合だけで一日が終わっている
こちらは、動くきっかけそのものが起きにくくなるのが特徴です。運気の波が来ていても、それに乗るための一歩が出てこない。
とくに何をやってもかみ合わない時期の過ごし方は空亡の過ごし方にまとめてあります。
自分がどちらに偏りやすいか、確かめてみる
中道を目指すには、まず自分の寄りグセを知るところからです。ふたつだけ、目安を挙げておきますね。
1. 疲れているのに手が止まらないなら、頑張りすぎ側
眠いのに作業を続ける、休みの日に予定を入れないと落ち着かない。こういう方は張りすぎている状態です。
この場合は、やることを増やすより、先に引き算をするほうが結果が出ます。
2. やりたいことをすぐ言葉にできないなら、我慢しすぎ側
「今日どうしたい?」と聞かれて数秒詰まるなら、ゆるみすぎのほうです。
この場合は、小さくていいので自分の希望を口に出す回数を増やす。それだけで流れが動きはじめます。
自分にとっての中道を見つける3つの目安
ちょうどいい張り具合は、人によって違います。私が鑑定でお伝えしているのは、この3つです。
- 翌朝に残っていないこと。前日の疲れが持ち越されているなら、張りすぎです。
- やめようと思えばやめられること。手放せないほど握りしめているものは、たいてい執着に変わっています。
- 相手にも自分にも同じ言い方ができること。人には休めと言うのに自分には言えないなら、偏っている合図です。
全部が続いていなくても大丈夫です。週に一度、自分の弦は今きついか、ゆるいかと確認するだけでも、だいぶ変わってきます。
うまくいっているときこそ、ずれやすい
もうひとつ付け足しておきたいことがあります。
調子が良いときほど、人は張りすぎる方向にずれていきます。結果が出ているので、もっといけると思ってしまうんですね。
でも、良い状態もずっとは続きません。そのあたりは諸行無常とは?意味と使い方に書いたとおりです。
好調なときに弦をゆるめておける人が、いちばん長く鳴り続けます。
チクさんの実体験
つい最近、知人からこんな話を聞きました。
やりたいことが特にない。仕事でも大変なことが重なって、転職しようにも身動きが取れない。そういう内容でした。
ちょうど仕事をおつなぎできそうだったので、間に立って紹介したんです。
ところが、そこから様子が変わっていきました。
未来に対して不安だ。紹介してくれた人が合わない。やっぱり自分のやりたいことはできない気がする。
肩に力が入りすぎて、何を言っても受け取れない状態になってしまって。最初に聞いていた話とはまるで違うところに行き着いて、つないだ人もその人も困ってしまいました。
あとから分かったのは、原因が「言えなかったこと」だったんですね。
自分の思いを口に出せなかった。言ったら期待外れだと思われるかもしれない。相手のことを考えすぎて、ずっと飲み込んでいた。
我慢していた分が、あとになって力みとして出てきた形です。ゆるみきった弦を、あわてて締め上げてしまったような状態ですね。
この一件で、私自身あらためて感じたことがあります。
こうなるだろう、こうならなければ困る。そういう先回りの気持ちは、ほどほどにしておかないと良い結果を引き寄せにくいということ。
期待も不安も、張りすぎれば同じように音を狂わせます。
まとめ
中道は、まんなかで止まることではありません。自分がいちばん良い音を出せる張り具合を、その都度さがし直すことです。
がんばる日があってもいいし、休む日があってもいい。大事なのは、どちらかに固定されてしまわないこと。
今日の自分の弦は、きついでしょうか。それとも、ゆるいでしょうか。
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次回は「三毒」、人の運気をいちばん重くする3つの心について書いていく予定です。

