布団に入ってから、何年も前のことを思い出してしまう。あのとき言い返していれば、あのとき選ばなければ。頭の中で何度も同じ場面を再生して、気づけば時間が経っている。
過去は変えられないと分かっているのに、それでも追いかけてしまいますよね。
仏教には、この状態にまっすぐ答えた短い教えがあります。今日はその「過去は追わず」についてお伝えしますぞ。
「過去を追うな、未来を願うな」
もとになっているのは、中部経典の第131経です。パーリ語で『バッデーカラッタ・スッタ』、日本では『一夜賢者経』、漢訳では『跋地羅帝経』と呼ばれています。
内容を、僕なりのやさしい言葉にするとこうなります。
過去を追いかけてはいけない。未来を願ってもいけない。過去はすでに過ぎ去り、未来はまだ来ていない。ただ今あるものを、その場でよく見なさい。
中部経典131『一夜賢者経』の趣意
お経の中では、そのあとに「今日なすべきことを、今日のうちに励みなさい」という言葉が続きます。
過去を悔やむな、と叱っているのではありません。過去も未来も、今の自分には手が届かない。手が届くのは今だけだから、そこに力を使いなさい、という順番の話です。
なぜ、過去のほうばかり追ってしまうのか
理由はいくつかありますが、いちばん大きいのは、過去が動かないからだと僕は思っています。
過ぎたことは形が決まっているので、何度でも同じように再生できます。今日の出来事はまだ途中で、どう転ぶか分かりません。分からないものより、分かっているもののほうが、頭は扱いやすいんですね。
しかも思い出すたびに、そのときの気持ちまで一緒に戻ってきます。だから「もう終わったこと」と分かっていても、体のほうは終わったことにしてくれません。
これは意志が弱いからではありません。人の頭がそういう作りになっている、というだけのことです。
後悔と反省は、別のものです
過去を思い返すことのすべてが悪いわけではありません。分かれ目は、そこから行動が出てくるかどうかです。
- 反省 次にどうするかを決めるためのもの。一度で終わり、行動が変わる
- 後悔 感情を何度も再生するもの。回数は増えるのに、何も変わらない
やっかいなのは、後悔しているあいだ「自分はちゃんと向き合っている」という感じがすることです。実際には同じ場面を繰り返し見ているだけなのに、反省しているつもりになれてしまう。
仏教の唯識では、この状態にも名前がついています。悩(のう)といって、過去の失敗を思い返しては苦しみ、自分を嫌になっていく心の働きのことです。二千年近く前から名前がついているくらい、誰にでも起きることなんですね。
ですから、思い出してしまう自分を責めなくて大丈夫です。ただ、それが反省なのか後悔なのかだけ、そのつど見分けてあげてください。
「未来を願うな」のほうも、少しだけ
一夜賢者経は、過去とセットで未来のことも言っています。ただこれは、夢や目標を持つなという意味ではありません。
止められているのは、まだ起きていないことを、もう起きたことのように心配したり期待したりして、今を留守にすることです。
来月の心配を今日ぜんぶ済ませておくことはできませんし、来月の喜びを今日先取りすることもできません。できるのは、今日のうちに準備を一つ進めることだけですね。
占いも実は同じです。先を見るのは、未来を当てて安心するためではなく、今日どう動くかを決めるためです。出た結果をどう使うかは、いつも今の話になります。
「追わない」は「忘れる」ではありません
ここを取り違えると苦しくなります。一夜賢者経が言っているのは、過去を消しなさいということではありません。
思い出すのは止められません。止められるのは、思い出したあとにその場面を何周も追いかけることのほうです。
一度目に浮かぶのは記憶で、二度目からが追跡です。二周目に入りそうになったところで下りる。それが「追わず」の実際のところだと思います。
それに、過ぎたことの形はそのままでも、そこから受け取る意味は変わっていきます。あのとき嫌だった出来事が、何年か経つと別の顔を見せることがありますよね。すべては移り変わるという諸行無常の話が、ここにもつながっています。
いい思い出も、追いかけると同じことになります
見落とされやすいのですが、一夜賢者経が「追うな」と言っている過去には、つらい記憶だけでなく、うまくいっていた頃の記憶も入ります。
日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老は、過去の成功体験や明るい未来への期待を、今やるべきことから逃げるための偽薬にたとえて説明しています。あの頃はよかったと思い出しているあいだも、いつかきっとと未来を思い描いているあいだも、今日の自分は留守になっているということですね。
もちろん、いい思い出は宝物です。ただ、それを取り出す回数が増えて、今日やることが後ろに下がりはじめたら、少し離れる合図だと思ってください。
過去も未来も、心の中でならいくらでも作れます。だから頭は、そちらのほうがラクなんです。
今日からできる3つのこと
1. 思い出したら、声か文字で「これは過去」と言う
頭の中だけで止めようとすると、たいてい負けます。小さく声に出すか、メモに一行書いてください。
言葉にすると、記憶と自分のあいだに距離ができます。追いかけるのをやめる合図を、自分に出してあげるイメージですね。
2. 後悔をひとつだけ、今日の行動に変える
あのとき言えなかった、と思うなら、今日の誰かに一言伝えてみる。あのとき無理をした、と思うなら、今日は早めに休む。
過去そのものは動きませんが、過去から取り出した一つを、今日に使うことはできます。これができると、思い出す回数は自然と減っていきます。
3. 夜は決めない
夜に思い出す過去は、たいてい実物より重く見えます。判断力が落ちている時間だからです。
反省も、謝るかどうかも、連絡するかどうかも、朝に回してください。朝に見直すと、そこまでのことではなかったと気づくことがよくあります。
過去は消えていません。今のあなたの材料になっています
「追わない」と聞くと、過去をなかったことにするようで、抵抗を感じる方もいらっしゃると思います。
でも仏教には縁起という考え方があって、今のことは全部、それまでの条件が積み重なって現れていると見ます。つまり、あなたの過去は消えていません。
あのとき悩んだから、今の自分は人の悩みが分かる。あのとき失敗したから、同じ場面で慎重になれる。過去は追いかけなくても、すでにここにあります。
だから追う必要がないんですね。手元にあるものを、わざわざ遠くまで取りに行かなくていいということです。
やらないほうがいいこと
三つだけ書いておきますね。
一つ目は、無理に前向きにすること。「あれがあったから今がある」と急いでまとめると、納得していない気持ちが行き場をなくします。意味づけは、あとから勝手についてきます。
二つ目は、思い出す自分を責めること。責めるとその出来事の存在感が増して、かえって呼び戻すことになります。
三つ目は、相手に認めさせることを目標にすること。相手が変わるかどうかはこちらの領分ではありません。こちらで決められるのは、そこに使う時間の長さだけです。
なお、眠れない日が続いたり、気持ちが沈んだままだったりするときは、我慢せずに専門の方に相談してくださいね。占いや教えは支えにはなりますが、代わりにはなりません。
まとめ
「過去は追わず」について、大事なところをまとめます。
- 出典は中部経典131『一夜賢者経』。過去を追うな、未来を願うな、今を見なさいという教えです
- 過去を追ってしまうのは、過去だけが形の決まったもので、頭が扱いやすいからです
- 反省は一度で行動が変わるもの、後悔は同じ場面を再生するだけのもの
- 「追わない」は「忘れる」ではありません。二周目に入りそうなところで下りるだけです
- 思い出したら言葉にする/後悔をひとつ今日の行動に変える/夜は決めない
- 意味づけを急がないこと。あとから自然についてきます
過去を何度も再生してしまうのは、あなたが後ろ向きだからではありません。それだけ本気で向き合った出来事だった、ということです。
ただ、そこに使える時間には限りがあります。今日のぶんは、今日のために残しておきましょう。
一緒に開運をめざしていきましょう!
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